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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2392号 判決

控訴人(申請人) 大賀英二

被控訴人(被申請人) 鈴江武彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人代理人は、「原判決を取消す。東京地方裁判所昭和五一年(ヨ)第二四一三号地位保全仮処分申請事件について、同裁判所が昭和五二年四月八日にした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決七枚目裏末行「得えない」を「得ない」と訂正し、当審における証拠の提出、認否につき次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(証拠省略)

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件仮処分申請は失当であると判断するものであつて、その理由は、次のとおり訂正、削除、付加するほか、原判決理由のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一五枚目表九行目「第五九号証」を「第五八号証」と、次行「第六〇号証の一ないし四」を「第八一号証の一ないし四、原本の存在及び成立に争いのない疎甲第六五号証の一ないし七」とそれぞれ改める。

2  同一九枚目表七行目「逮捕され」の次に「、引き続き同月一六日勾留され」と加入する。

3  同二二枚目表六行目から同裏末行までの全文を次のとおり改める。

「(一五) ところで、控訴人の逮捕勾留の理由とされた被疑事実は、控訴人が、境雅子と共謀のうえ、前記容疑者竹内毅を居住させるために、境雅子においてアパートを賃借し、控訴人においてその保証人となつて、竹内毅を蔵匿したというものであつたが、結局、昭和五一年一一月四日、境雅子が単独犯として起訴され、同人は、竹内毅を「大賀達雄」、自己をその妻「大賀由紀子」とそれぞれ偽つてアパートの賃貸借契約を締結して竹内毅をかくまつたものであると認定され、爆発物取締罰則違反の罪により、懲役二年、執行猶予三年の有罪判決を受けた。右「大賀達雄」は控訴人の実兄の氏名、「大賀由紀子」はその妻の氏名であり、また、境雅子は、右賃貸借契約にあたり、仲介の不動産業者に対し、保証人として控訴人の当時の住所、氏名を告げ、かつ、「大賀」の印を提示して、契約書の保証人欄にその記載をさせたのであるが、境雅子と大賀達雄又は控訴人との関係の有無は、境雅子に対する被告事件の公判中においても明らかにされた形跡がない。

(一六) 控訴人は、昭和五一年一一月四日、釈放後ただちに被控訴人に会つて、懲戒解雇の撤回、就労を申し入れ、その際、被控訴人から、エルゲー派とは本当に関係がないのかと問われたが、それに対しては「逮捕が不当であつて、釈放された以上、答える必要はない。」と述べた。そして、控訴人は、同年一二月四日、懲戒解雇の無効を主張して、本件仮処分申請をし、その審理中、昭和五二年三月一日の審尋期日において、被控訴人から予備的に普通解雇の意思表示がなされたのであるが、その間、控訴人は、被控訴人に対し、前記嫌疑を受けるに至つたことにつき、たとえばその理由として思い当る事情を釈明する等、努めて被控訴人の理解を求めようとする態度には出なかつた。なお、右普通解雇の意思表示の当時、前記(一四)の不起訴処分のあつたこと及びその理由は、被控訴人に知れていなかつた(控訴人の当審昭和五六年三月五日付準備書面四枚目裏六行目以下参照)。」

4  同二七枚目表二行目「申請人」から同裏一〇行目までを次のとおり改める。

「特許申請が一般に秘密を要するものであることに加えて、控訴人は、東芝の時代の最先端を行く技術開発に関与し、高度の企業秘密に触れる立場にあつたのであるから、控訴人と東芝との間には特別の信頼関係が維持されることが必要であつたと考えられる。しかるに、本件解雇当時、控訴人は、起訴を免れていたとはいえ、その嫌疑を晴らすに足る釈明はなく、少なくとも、控訴人と共産同エルゲー派との間に何らかの関係が存するという疑いを払拭しきれない状況にあつたものということができ(嫌疑不十分による不起訴処分があつたことも、この疑惑を完全に解消させるものとは認められない。)、東芝において、控訴人とエルゲー派との関係を疑い、控訴人が被控訴人に雇用されている限り、これに従来どおり出願事務等の依頼をすることに危惧の念を抱くのもやむをえないことであり、したがつて、被控訴人において、その主宰する特許事務所と最大の顧客の間柄にある東芝との関係を維持するため、東芝の意向に沿いその危惧を除去する手段として、控訴人を解雇せざるをえないと判断したことも、首肯しうることである。すなわち、右のような顧客との信頼関係の維持に特別の配慮を要する被控訴人の業務の特殊性と、控訴人が従前東芝の企業秘密の中枢に関与していた事情とに鑑み、かかる解雇は、業務上の必要に基づくものと認めることができる。」

5  同二九枚目裏八行目「少なくとも」から次行「行動している」までを削除する。

二  したがつて、原判決は相当であつて、本件控訴は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井口牧郎 野田宏 藤浦照生)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 当庁昭和五一年(ヨ)第二四一三号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五二年四月八日にした仮処分決定中被申請人敗訴の部分を取り消す。

二 申請人の申請を却下する。

三 訴訟費用は申請人の負担とする。

四 この判決は、第一項について、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 申請人

当庁昭和五一年(ヨ)第二四一三号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五二年四月八日にした仮処分決定を認可する。

二 被申請人

主文第一ないし第三項と同旨。

第二当事者の主張

一 申請の理由

(被保全権利)

1 被申請人は、鈴江内外国特許事務所(以下「事務所」という。)の主宰者であり、同事務所では特許関係全般の業務を処理している。申請人は、昭和四七年八月一日、被申請人に雇用され、右事務所において明細書作成業務に従事してきた。

2 申請人の昭和五一年一〇月当時の三か月平均賃金は月額一五万三五九〇円であり、毎月末日締切当月二五日に支払われていた。

3 ところが、被申請人は、申請人を解雇した旨主張し、申請人が雇用契約上の権利を有する地位にあることを争うとともに、昭和五一年一一月一日以降申請人の就労を拒否しており、申請人は、被申請人の責に帰すべき事由により、就労義務を履行することができない。

4 したがつて、申請人は、被申請人に対し、申請人が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め得るとともに、昭和五一年一一月一日から毎月二五日限り一か月一五万三五九〇円の割合による賃金を求める権利を有する。

(保全の必要性)

5 被申請人は、申請人に対する賃金の支払いと同人の就労を拒否しているが、申請人は、被申請人より支払われる賃金のみで生計を維持しているので、本案判決の確定を待つては著しい損害を被ることは明らかであるから、申請人としては、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることと、昭和五一年一一月分以降の賃金の仮払いを受ける必要がある。

(本件仮処分)

6 申請人は、昭和五一年一二月四日、東京地方裁判所に対し、申請人が雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることと、昭和五一年一一月一日から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一か月一五万三五九〇円の仮払いとを求める仮処分を申請し、(昭和五一年(ヨ)第二四一三号)、昭和五二年四月八日、申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるとともに、昭和五一年一一月一日以降本案第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り一か月一五万三五九〇円の割合による金員の仮払いを命ずる旨の決定を得た。

よつて、右仮処分は、正当であるから、その認可を求める。

二 申請の理由に対する認否

1 申請の理由1の事実は認める。

ただし、申請人の業務は、単なる明細書作成という書面作成業務に限られるだけでなく、書面作成に先だつて、企業の発明者ないし特許担当者から説明を聴き、あるいはこれらの者を指導し、助言を与えるなどの業務も含まれる。

2 同2の事実は認める。

3 同4は争う。

三 抗弁

(懲戒解雇)

1 被申請人は、申請人に対し、昭和五一年一〇月一六日到達の書面をもつて、申請人を懲戒解雇するとの意思表示をした。

2 懲戒解雇の理由は、次のとおりである。

(一) 申請人は、警視庁機動隊猶興寮、東京地検、警察署派出所などを連続爆破した容疑で指名手配中の元共産同中央委員竹内毅がアパートを借りる際、同人の保証人となつたり、親類の名前を貸したり、あるいは実兄の名前を使わせて逃走を助け、爆発物取締罰則九条違反の犯人の蔵匿もしくは隠避行為を行つた。その結果、申請人は同条違反容疑で逮捕され、右事実が広く報道されたため、被申請人及び事務所の信用は著しく失われた。

(二) 申請人の右行為は、別紙の事務所就業規則四二条八号、九号、四一条六号、一二号、一三号所定の懲戒解雇事由に該当する。

(普通解雇)

3 被申請人は、申請人に対し、昭和五二年三月一日の審尋期日において、申請人を解雇する旨の意思表示をした。

4 解雇の理由は、次のとおりである。

(一) 被申請人事務所では、工業所有権に関する一切の代理業務を行つており、内外の多数一流企業が顧客となつているが、特に東京芝浦電機株式会社(以下「東芝」という。)及びその関連企業からの出願依頼が事務所の出願事務のうち七割ないし八割をしめている。事務所と東芝との関係は、昭和三五年から始まり、被申請人事務所は、東芝の需要に応じて、事務所を移転させたり、所員を増やしたり、打合会を開くなど東芝との関係を深めるためにあらゆる努力をはらつて、現在の信頼を得ている(東芝の出願依頼件数のうち九〇パーセントを、事務所が独占しているが、このような例は、他に類を見ない。)。したがつて、事務所の存立は、完全に東芝からの発注に依存している状況にある。

ところで、申請人は、事務所の技術第一部門第四技術グループに所属し、川崎市小向にある東芝の半導体事業部(トランジスタ工場)の特許権及び実用新案権取得に関する業務を担当していた。半導体事業部は、トランジスタや集積回路に関する研究開発及び製造を行つているが、これらの製品の用途は、家庭用電子機器、電子計算機からレーダー等の防衛機器、ロケツトの制御用機器に至るまで幅広く、時代の先端をいく、最も重要な技術部門の一つであり、これに関する開発内容は、企業における機密中の機密とされている。また、半導体事業部に隣接して同一敷地内に東芝総合研究所及び東芝総合研究所小向工場があるが(塀等の遮蔽物がないので事業部から立ち入ることができる。)、右総合研究所及び小向工場では、自衛隊や米軍関係の防衛技術に関する研究開発も行われている。申請人は、半導体事業部の担当者として、半導体事業部を訪問して(事業部に出入りするためには、当該事業部の許可を得ることが必要とされているが、申請人は半導体事業部から出入許可証の発行を受けている。)、関係者と打ち合わせを行うなど、機密性の高い、重要な業務に関与していた。

ところが、申請人は、前記2(一)のとおり、昭和五一年一〇月一四日、爆発物取締罰則九条違反の容疑をもつて逮捕され、右事実は、同日中に、新聞、テレビ等で報道され、申請人の氏名や顔写真が明らかにされた。申請人は、昭和五一年一一月四日、処分保留のまま釈放され、昭和五二年一月二五日、嫌疑不十分で不起訴となつている。しかし、その後も、申請人がエル・ゲー組織と呼ばれる極左グループに関係しているとの報道が行われており、申請人がエル・ゲー組織とかかわりあいがあるとの疑いは、なくなつていない。

このように極左グループと関係ある人物を事務所において雇用していくことは、顧客の信頼、特に東芝の事務所に対する信用を失わせることになり、出願依頼等の発注を差し止められ、事務所の存立自体を危うくする。

したがつて、被申請人は、申請人との雇用関係を解消せざるをえない。

(二) 以上のような状況は、就業規則三二条四号(「やむを得えない業務上の都合による時」)、同条五号(「その他前各号に準ずるやむを得ない事由がある時」)所定の普通解雇の事由に該当する。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は認める。

2 同2は争う(ただし、申請人が爆発物取締罰則九条違反の容疑で逮捕されたこと及び右事実が報道されたことは、認める。)。

3 同3の事実は認める。

4 同4は争う。

被申請人事務所は、昭和五一年当時、従業員約一六〇名(現在は一八〇名である。)を雇用する大事務所であり、昭和五一年度の売上目標額は一一億五〇〇〇万円、昭和五二年度のそれは一二億九九〇〇万円、昭和五三年度のそれは一四億九〇〇〇万円、昭和五四年度のそれは一六億二九〇〇万円であつて、右目標額はほぼ達成されている。そして、事務所には、東芝以外にも各業種の一部上場企業からの仕事があり、また、企業秘密ないし防衛機密も扱わない個人発明者からの依頼や、商標出願、意匠出願の依頼もある。したがつて、申請人の配置換えを行うなどすれば、被申請人主張のような事務所の存立が危うくなるおそれはない。実際、従業員のミスにより東芝からの発注が止まつたことはない。

四 再抗弁

(懲戒解雇に対し)

1 (懲戒解雇権の濫用)

被申請人の懲戒解雇は、申請人の行為の存否にかかわりなく、新聞等の報道に基づくものであつて、申請人の犯罪行為については何ら合理的に確定されていないのであるから、右懲戒解雇は、権利の濫用である。

2 (労働基準法二〇条違反)

被申請人の懲戒解雇は、三〇日前にその予告をしておらず、三〇日分以上の平均賃金も支払つていないから、労働基準法二〇条に違反する。

3 (就業規則四〇条五号違反)

被申請人の就業規則四〇条五号は、「懲戒解雇は、行政官庁の認定を受けて予告期間を設けず解雇する」と規定しているところ、被申請人は、行政官庁の認定を受けていない。

したがつて、被申請人の懲戒解雇は、就業規則四〇条五号に違反し、無効である。

4 (懲戒解雇の撤回)

被申請人は、昭和五二年三月二九日、申請人に対し、懲戒解雇後の昭和五一年一一月から昭和五二年二月までの賃金と冬季ボーナスを口頭で提供しているから、被申請人は、右懲戒解雇を撤回する旨意思表示したと認むべきである。

(懲戒解雇及び普通解雇に対し)

5 (不当労働行為)

申請人は、被申請人に雇用される労働者によつて結成された鈴江特許テスコ労働組合(以下「組合」という。)の組合員であり、組合が結成された昭和五〇年二月以降、教宣部長、争対部長、執行委員等の役員を歴任し、活発に組合活動を行つてきたもので、本件懲戒解雇当時も組合執行委員であつた。被申請人の解雇は、申請人を事務所から排除し、組合の弱体化を図ろうとしたものであり、不当労働行為に該当する。

(普通解雇に対し)

6 東芝は、左翼的思想をもつもの、資本主義に批判的なもの、総評系の労働組合もしくは組合活動家を嫌悪しており、東芝の解雇要請は、思想、信条による差別取扱であつて、憲法一四条、一九条、二一条、二八条、労働基準法三条、民法一条、九〇条に違反するから、右解雇要請に基づく、本件解雇も無効である。

五 再抗弁に対する認否

1 再抗弁1は争う。

2 同2は争う。

被申請人は、昭和五一年一〇月一九日、申請人に対し、解雇予告手当の支払いを通知した(なお、申請人は、昭和五一年一二月八日付で被申請人が供託した解雇予告手当の還付を受けている。)。

3 同3の事実中、申請人主張のような就業規則が存在すること及び被申請人が行政官庁の認定を受けていないことは、認める。

就業規則四〇条五号は、懲戒解雇は、同規則三二条の予告手当を支給しなくても除外認定を受けるだけでこれを行うことができる旨を注意的に規定したものにすぎず、懲戒解雇の効力を除外認定の有無にかからしめたものではない。

4 同5の事実中、申請人が組合員であつたことは認め、同人が執行委員等の役員を歴任したことは不知、その余の事実は否認する。

5 同6は争う。

第三疎明〈省略〉

理由

一 申請の理由1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二 (懲戒解雇について)

1 抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。

2 申請人が爆発物取締罰則九条違反の容疑で逮捕されたこと及び右事実が報道されたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる疎甲第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる疎甲第三九、四〇号証、成立に争いのない疎乙第一六号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、申請人は、昭和五一年一一月四日釈放され、昭和五二年一月二五日に嫌疑不十分で不起訴処分を受けた、との事実が一応認められる。したがつて、前記認定の申請人が逮捕された事実及び右事実が報道されたとの事実から、申請人が爆発物取締罰則九条違反の行為を行つたとの事実を推認することは困難であり、他に右事実を認めるに足る疎明はない。

3 とすれば、その余の事実を判断するまでもなく、懲戒解雇の抗弁は理由がない。

三 (普通解雇について)

1 抗弁3の事実は、当事者間に争いがない。

2 前掲疎甲第三号証、第三九、四〇号証、疎乙第一六号証の一、二、成立に争いのない疎甲第二号証、第八号証の一、二、第五四ないし第五七号証の各一、二、疎乙第一号証の一、二、第五号証の一ないし一九、第六号証の一ないし九、第七号証の一ないし六、第八ないし第一二号証の各一ないし三、第一三号証、第一四号証の一、二、第一五号証、第一七ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし三、第二一号証の一の一、二、第二一号証の二、第二二、二三号証、第二四号証の一ないし三、第二五号証、第二六号証の一、二、第四九、五〇号証、第五二ないし第五九号証、第六〇号証の一ないし四、申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる疎甲第六、七号証、被申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる疎乙第四号証、第二八号証、第三二号証、証人阿部敏彦の証言により真正に成立したものと認められる疎乙第六二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる疎甲第三二号証の一、二、第三五号証、第四三号証、疎乙第二七号証、第二九ないし第三一号証、第三五号証、第六三号証、証人阿部敏彦の証言、申請人本人尋問の結果、被申請人本人尋問の結果、及び、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を一応認めることができ、右認定を左右するに足る疎明はない。

(被申請人事務所の業務内容及び申請人の担当業務等について)

(一) 被申請人は、特許事務所を主宰し、右事務所では、弁理士法一条に定める特許、実用新案、意匠又は商標に関し特許庁に対しなすべき事項及び特許、実用新案、意匠又は商標に関する異議申立又は裁定に関し通商産業大臣に対しなすべき事項の代理並びにこれらの事項に関する鑑定等の事務を行つているが、主な業務は、特許及び実用新案登録の願書に添付する明細書作成業務である(被申請人が事務所の主宰者であること及び事務所が特許関係全般の業務を処理していることは、当事者間に争いがない。)。

(二) 事務所の主要な顧客は、内外のいわゆる一流企業(例えば、東芝、日本鋼管、三菱重工、昭和電工、古河電工、石川島播磨重工、高島屋、カシオ計算機、電々公社、エスエス製薬、オリンパス光学工業等)であるが、その業務の七割ないし八割は、東芝及びその関連会社からの依頼によるものである。そして、業務の性格上、機密保持が要求されることから、原則として一つの業種については一社としか顧客関係を結んでいない。

(三) 事務所と東芝との関係は、被申請人が昭和三五年に東芝に対する特許権侵害事件の相手方代理人となつたのを契機にその実力が認められ、東芝からの出願依頼を受けるようになつたことから始まる。被申請人は、東芝特許部の組織に変更があれば、これに合わせて事務所の組織を変えたり、特許部の社屋が移転すれば、事務所の所在地を移転させたり、あるいは東芝との定期的な打合会を開くなどして、東芝の信頼を確保することに努めた。その結果、東芝からの依頼件数が増加して、事務所の規模が大きくなり、事務所の従業員も、昭和三五年当時二十数名であつたものが、昭和五一年一〇月当時は一六〇名程(昭和五五年五月当時では約一八〇名である。)に増え、弁理士業界でも有数の大手事務所となつた。しかし、事務所の存立は、東芝の発注に完全に依存する形となつている。

なお、東芝の出願依頼先は、被申請人事務所以外に、申請人事務所より古くから東芝と関係のある協和法律特許事務所、家電関係の出願依頼を受けている樺沢事務所及び、元東芝特許部長ら東芝の特許担当者の退職者で組織されている井上一男特許事務所がある。

(四) 申請人は、早稲田大学理工学部卒業後、新聞の求人広告に応募して、昭和四七年八月一日、被申請人に雇用された(申請人が昭和四七年八月一日被申請人に雇用された事実は、当事者間に争いがない。)。

(五) 申請人は、事務所の技術第一部門(国内の電気関係の出願事務を取り扱う。)第四技術グループ(半導体、トランジスタ関係を扱う。)に配属され、東芝の電算機事業部、電子管事業部、半導体事業部の出願事務を順次担当してきた。

(六) 申請人の仕事の主な内容は、依頼された出願に添付する明細書を作成することであるが、明細書作成のためには東芝の担当者としばしば面会し打ち合わせを行う必要があつた。そのため、半導体事業部を担当していたときは、週一回以上の割合で、川崎市小向にある東芝半導体事業部トランジスタ工場を訪問し、半導体事業部特許課の係員と打ち合わせを行つている。

右事業部ではトランジスタや集積回路に関する研究開発及び製造を行つているが、これら製品の用途は、テレビなどの家庭用電子機器、電子計算機からレーダー等の防衛機器、宇宙ロケツトの制禦用機器に至るまで幅広く、時代の最先端をいく最も重要な技術分野であり、これに関する開発内容は、企業における機密中の機密とされている。そして、東芝の工場へ入門する際には許可が必要であるが、申請人は、あらかじめ発行を受けた出入許可証(勤務先、氏名、住所、有効期間、出入個所、目的等が記載されている。)を示して、工場へ立ち入つていた。

なお、トランジスタ工場に隣接して東芝総合研究所及び東芝総合研究所小向工場があり、右研究所及び工場では、自衛隊や米軍に関係する防衛技術の研究も行われている。

(申請人の逮捕及びその報道等について)

(七) 申請人は、昭和五一年一〇月一四日、爆発物取締罰則九条違反の容疑で逮捕された(申請人が爆発物取締罰則九条違反の容疑で逮捕された事実は当事者間に争いがない。)。

(八) 昭和五一年一〇月一四日午後三時ごろ、事務所は、警視庁係官の捜索を受け、申請人の机、ロツカーなどが調べられた(その後も捜索・押収を受けている。)。

(九) 昭和五一年一〇月一四日の各新聞社の夕刊は、一せいに交番連続爆破事件の容疑者である共産同エルゲー派幹部竹内毅・坂井与直の両名及び右竹内らの逃走を助けた申請人ら四名が逮捕されたと大きく報道した(申請人逮捕の事実が報道されたことは当事者間に争いがない。)。申請人については、住所、氏名、年令、職業(会社員という形で報道されている。)、卒業大学が報道され、一部新聞には顔写真も掲載されたが、勤務先である被申請人の名前は報道されなかつた。テレビでも、申請人らが逮捕された旨放送され、申請人の顔写真も放映された。

新聞の報道によれば、申請人は、竹内がアパートを借りる際保証人になるなどして逃亡を助けた疑いをもたれているとのことであつた。

(一〇) 昭和五一年一〇月一四日から同月二一日まで連日にわたつて、共産同エルゲー派等に関する報道が行われ、一一月に入つても、しばしば共産同エルゲー派関係者が逮捕された旨の報道があつた。そのうち、申請人に関しては、次のような報道がなされている。

(1) 同月一五日の朝日新聞は、申請人が前記坂井の仲間である旨、また、申請人の共犯として山本聖が逮捕された旨報道した。

(2) 同日の読売新聞には、申請人のアパートなどから山本が竹内の逃走を助けていたことを裏付けるメモが見つかつた、との記事が掲載された。

(3) 同月一六日の読売新聞は、竹内が申請人の実兄の名前でアパートを借りていた、と報道した。

(4) 同月一八日の朝日新聞は、逮捕された七名の生活は普通の市民そのものであつた旨報道しているが、その中に「大賀」の名前を掲載している。

(5) 同日のサンケイ新聞は、竹内らの逃走を助けた疑いで申請人らが逮捕されたが、申請人の自宅から爆弾製造法をくわしく書いたメモが多数あることが明らかになつた、と報道した。

(6) 同月一九日のサンケイ新聞には、申請人のアパートなどから、中屋末人が坂井らをかくまうことに参画していたことを裏付けるメモを押収した、との記事が掲載された。

(7) 同月二一日のサンケイ新聞は、申請人が爆弾組織の連絡役を担当していた旨報道している。

(一一) 申請人は、捜査機関の取り調べに対し黙秘し、昭和五一年一一月四日、処分保留のまま釈放された。同月五日の毎日新聞は、申請人外一名が犯意が薄いなどの理由で処分保留のまま釈放された、と報道した。

(一二) 昭和五一年一二月八日の朝日新聞は、共産同エルゲー派の組織の全容が解明されたとして、申請人の名前を明らかにして同人をエルゲーのシンパ反帝戦線グループの一員であると位置付ける組織図を掲載した。

(一三) 鈴江特許テスコ労働組合は、朝日新聞社に対し、すでに釈放され、起訴のおそれも殆んどなくなつた申請人の名前を爆破事件とかかわりがあるかのように報道することは、個人の人格・名誉を傷つけるものである旨抗議したところ、同社は、昭和五二年一月二六日の紙面に、共産主義者同盟エルゲーが「RG救対ニユース」という小冊子を発行した旨の報道に続き、「逮捕者十六人のうち、大賀英二さんら二人はその後処分保留で釈放され、RGと無関係と主張、そうでないとする警察側と対立している」との記事を掲載した。

(一四) 申請人は、昭和五二年一月二五日に嫌疑不十分で不起訴処分となつた。

(一五) 申請人は、昭和五三年八月ごろ中近東方面を旅行し、「パレスチナ連帯通信第一六号『特集・日本パレスチナ人民連帯訪問団帰国報告』(同年九月二五日発行)」に「パレスチナ解放闘争への旅」と題する手記を発表しているが、同年八月二二日ないし二三日付のサンケイ新聞は、治安当局は「日本赤軍」の関係者や爆弾グループ「共産同RG派」と関係の深いとみられる人物四人が中近東方面に向けて出国していることを突き止めた旨報道し、更に同年九月二〇日付のサンケイ新聞は、治安当局は前記四名のうち東日本から参加した者がパレスチナゲリラのキヤンプで射撃の特別訓練を受けていたことを突き止めた旨報道している。

(一六) 申請人は、昭和五四年七月二二日に開かれた、レバノンを訪問した井上京都大学教授らがエジプト政府及びエジプト航空により監禁されたことに抗議する集会に参加しているが、警察当局は、右集会を日本赤軍の国内支援グループの会合であるとみている。

(申請人の逮捕に対する被申請人の対応及び顧客の反応等について)

(一七) 被申請人は、昭和五一年一〇月一四日、出張先の大阪で申請人が逮捕された事実を知り、同日の夜事務所に帰つて、すでに開かれていたライン部長会(なお、当日は、部長以外にラインの課長も二十数名が出席していた。)に参加し、善後策を検討した。

(一八) ライン部長会議では、顧客に対する信用をどのように維持するか、申請人に対する処分をどのようにするか、などの問題が討議された。その結果、事務所の信用を失墜させたことを理由に申請人を懲戒解雇して事務所は申請人と関係がないことを明らかにすること、申請人が仕事を担当していた東芝へは事務所の方から事情を説明に行くこと、東芝以外の顧客に対しては申請人の件を伏せておくこと、所員に対してはどのようにしたら事務所の信用が維持できるかについてグループデイスカツシヨンをさせることなどが決められ、同日のうちに申請人を懲戒解雇する旨の内容証明郵便の発送手続がとられた。

(一九) 翌一五日、被申請人が東芝本社特許部へ電話したところ、阿部特許部業務課長は、すでに申請人が逮捕されたことを知つていた。被申請人は、阿部課長に電話後、特許部を訪れ、水利特許部長に対し、申請人を懲戒解雇したから、事務所は申請人と関係がなくなつた旨説明したうえ、被申請人の監督不行き届きをわびて、今後も是非信用していただきたいと申し入れたほか、申請人が処理した特許等について東芝に迷惑がかかつた場合には、事務所において一切の責任を負うこと、東芝との業務関係には事務所職員一六〇名の生活がかかつているので、今回の件は穏便に取り計つてほしい旨を記載した「お詫び」と題する書面を差し出した。特許部長は、申請人以外にいわゆる過激派と関係のある人物が事務所に残つていないかを確認し、申請人との関係がなくなつたということであれば、さしあたり申請人の件を問題にしないでおこう、と答えた。

(二〇) 被申請人は、本社特許部に続いて、同日午後、半導体事業部特許課を訪ねた。同部の米田特許課長は、私の手におえない問題なので、総務部長とともに話を聞きたい、と言つて、同部の大橋総務部長の同席を求めた。被申請人が、申請人を懲戒解雇した旨説明したところ、総務部長らは、トランジスタ工場は東芝でも最も重要な部門であるし、近くには防衛庁や米軍関係の研究をしている総合研究所もあるので、過激派と関係ある人間が出入りすることは困る、と言つて、他に過激派と関係のある人物がいないか、を尋ね、もし他にも過激派と関連ある人物がいれば、今後の取引を検討する必要がある、と申し入れた。

(二一) 東芝本社特許部では毎週月曜日に部課長会議が開かれていたが、同月一八日の右定例部課長会議で申請人の問題が取り上げられた。水利部長が、右会議において、しばらく様子を見たい旨発言したところ、課長の中には、被申請人事務所を整理すべきではないかとの意見もあつた。しかし、数百件の出願依頼を処理する関係からも、申請人の問題は保留するという形で被申請人事務所と取引を続けていくことに決まつた。

(二二) 申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定めるとともに金員の仮払いを命じる仮処分が昭和五二年四月八日に出された後、被申請人は、事情を説明するため、東芝本社の特許部を訪れた。東芝では、特許部だけの問題にとどめておくことができなくなつたとして、本社総務部の法規課長と勤労部主任とが立会つて、被申請人の説明を聞いた。被申請人は、決定は出たが、なお裁判で争い、申請人を就労させることは絶対にしない旨説明した。東芝側は、裁判所の決定が存在していても申請人が過激派と関係がないことが明らかにならない限り申請人を就労させることには問題があるという態度であつた。

(二三) 申請人の問題を知つた三菱重工の部長は、三菱重工が爆破事件の被害者になつたこともあつて、過激派の人間が今後絶対にいないということであればよいが、そうでなければ、事務所との取引を問題にせざるをえない、との態度を明らかにしている。

(二四) なお、被申請人事務所の売上高は、申請人の問題が発生してからも、順調に伸びており、東芝からの依頼件数も減少していない。

3 前記2で認定した事実によれば、被申請人事務所の主な取引先はいわゆる一流企業と呼ばれる企業であり(特に東芝及びその関連会社からの依頼が業務の七割ないし八割をしめている。)、また、弁理士業務の性質上事務所従業員が企業秘密を取り扱うことになることから、事務所においていわゆる過激派の関係者を雇用し、出願事務を担当させていれば、東芝を初めとする顧客から信頼を失い出願依頼を差し控えられるおそれがある、と認めることができる(疎甲第一〇号証、第一五号証及び第二二号証の記載内容は、右推認を妨げるに足らない。また、前記2(二四)認定の事実は、申請人に対し解雇の意思表示をして事務所への立ち入りと就労を拒否したことを前提とした結果であるから、右推認と牴触しない。)。他方、申請人は、事務所において明細書作成業務に従事し、出願依頼先工場を訪れるなどして出願依頼先と緊密な連絡をとる必要のある職務を担当していた、と認められるが、申請人が共産同エルゲー派と明らかに無関係であると認めるに足る疎明はなく(申請人は、共産同エルゲー派との関係を否定する供述をしているが、申請人がなぜエルゲー派と間違えられたかについては何ら具体的説明がなされていない(申請人は、爆発物取締罰則九条違反との被疑事実で逮捕されたが、右容疑事実については嫌疑不十分を理由に不起訴処分を受けている。右不起訴処分があつたとの事実は、申請人が同条違反の行為をしていないとの事実を推認させるものではある。しかし、右逮捕が人違いであつた等の具体的な事実誤認があつたという事情の認めえない本件にあつては、右不起訴処分という事実は、申請人が共産同エルゲー派と無関係であるとの事実までを推認せしめるものではない。)のであるから、右供述のみをもつて直ちに申請人が共産同エルゲー派と全く無関係であると認めることは困難である。)、被申請人あるいは東芝が、申請人が共産同エルゲー派と何らかの関係をもつていたのではないか、との疑いを抱くのもやむを得ない状況にあつたと認められる。少なくとも、申請人は、いわゆる過激派と呼ばれるグループの一員ないし支援者として、具体的な活動を行つている、と認められる。

してみると、被申請人事務所の業務の特質上、被申請人が申請人との雇用関係を継続すれば顧客との取引に支障を与えるおそれがあり、被申請人事務所の経営を維持していくためには、申請人との雇用関係を解消するのもやむを得ないものと認められるから、被申請人主張の普通解雇には、就業規則三二条四号所定の「やむを得ない業務上の都合」(右就業規則の存在は成立に争いのない疎甲第一号証により認められる。)に該当する事由がある、と認めるのが相当である。

なお、申請人は、配置換えを行えば事務所の存立が危うくなるおそれはない旨主張しているが、東芝からの依頼が七割ないし八割をしめる事務所において、申請人を東芝以外の担当者に配置換えすることが可能であるとの事実を認めるに足る的確な疎明はないし、仮に東芝以外の出願事務を担当することになる配置換えが可能であつたとしても、右配置換えにより、東芝あるいは他の顧客の疑惑と不安感を払しよくすることができ、これらの顧客と従前通りの取引が維持できるとはにわかに認め難い。

4 被申請人の普通解雇の主張は、即時解雇を固執する趣旨とは解せられないから、前記認定の解雇の意思表示が到達した昭和五二年三月一日より三〇日の期間の経過をもつて、解雇の効力は生じたと解すべきである。

四 (不当労働行為について)

申請人に対する解雇が「やむを得ない業務上の都合」を理由とするものであることは、すでに認定したとおりであつて、右の解雇理由が形式的なものであり、解雇の決定的理由が申請人が組合員であることないし組合活動をしたことの故であると認めさせるに足る的確な疎明はない。

したがつて、再抗弁5の主張は、理由がない。

五 (労基法三条違反等について)

1 東芝が被申請人に対して申請人を解雇するよう要請したとの事実を認めるに足る疎明はないから、東芝の解雇要請を前提とする再抗弁6の主張は、その前提を欠き失当である。

2 しかしながら、再抗弁6の主張は、被申請人主張の解雇が、憲法一四条、一九条、二一条、二八条、労働基準法三条、民法一条、九〇条に違反し、無効である、との主張と解しうるので、なお、この点について付言する。

被申請人主張の解雇は、申請人の思想・信条を理由とするものではなく、被申請人事務所の業務の特殊性の故に、共産同エルゲー派と関係があつたとの疑いを否定できない、少なくともいわゆる過激派と呼ばれるグループの一員ないしその支援者として行動している申請人を雇用し事務を担当させていることが、事務所の取引に支障を与えるおそれがあること、すなわち就業規則所定の「やむを得ない業務上の都合」に該当する事由があることを理由とする解雇であることは、すでに認定したとおりであるから、被申請人主張の解雇が憲法一四条、一九条、二一条、二八条、労働基準法三条、民法一条、九〇条に違反する旨の主張は、理由がない。

3 したがつて、再抗弁6の主張も理由がない。

六 (まとめ)

以上認定の事実によれば、解雇の意思表示が到達した昭和五二年三月一日より三〇日後である同月三一日の経過をもつて、解雇の効力は生じたものと認められる。そして、申請人は昭和五一年一〇月一四日に逮捕され同年一一月四日に釈放されているから、同月一日から同月四日までの間については、申請人が就労義務を履行できなかつたのは、債権者たる被申請人の責に帰すべき事由に基づくと認めることはできない。しかし、前掲疎甲第三号証、疎乙第三一号証及び弁論の全趣旨によれば、申請人は、昭和五一年一一月五日以降被申請人に対し就労を申し出ているが、被申請人がこれを拒否している、と一応認められるところ、右就労拒否が正当な理由に基づくものと認めるに足る特段の事情の疎明はないから、同日から昭和五二年三月三一日までの間申請人が就労義務を覆行できなかつたのは、債権者たる被申請人の責に帰すべき事由に基づくものであつたと認めるのが相当である。したがつて、申請人は、被申請人に対し、昭和五一年一一月五日から昭和五二年三月三一日までの間の賃金請求権はこれを有するものと認められる。

しかしながら、右約五か月間の賃金の仮払いを命じなければならないほどの仮処分の必要性を認めるに足る疎明はない。

してみると、申請人の本件申請は、昭和五一年一一月五日から昭和五二年三月三一日までの間の賃金請求権を除き、被保全権利の疎明がなく、右期間の賃金請求権については保全の必要性の疎明がないことになり、保証を立てさせて認容するのも相当でないから、本件申請は却下されるべきである。

七 よつて、申請人の申請を一部認容した主文掲記の決定のうち被申請人敗訴の部分を取り消し、申請人の本件申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条、七五六条の二を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

就業規則抜粋

第三十二条 所員が次の各号の一つに該当する時は三十日前に予告する。または三十日分の平均賃金を支給して解雇する。

……………

(4) やむを得ない業務上の都合による時

(5) その他前各号に準ずるやむを得ない事由がある時

第四十一条 次の各号の一つに該当する時は減給出勤停止、職務変更をする。ただし事情により懲戒解雇することがある。情状によつては譴責に止めることがある。

……………

(6) 素行不良で事務所の秩序を紊した時

……………

(12) 不正不義の行為をして所員の体面を汚した時

(13) その他前各号に準ずる程度の不都合な行為のあつた時

第四十二条 次の各号の一つに該当する時は懲戒解雇に処する。ただし情状により出勤停止、減給または職種変更に止める事がある。

……………

(8) 前条第三号乃至第十二号に該当しその情が重い時

(9) その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつた時

仮処分決定の主文及び理由

主文

申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は申請人に対し昭和五一年一一月一日以降本案第一審判決言渡に至る迄毎月二五日限り一か月金一五万三五九〇円の割合による金員を仮に支払え。

申請人その余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

(申立)

申請人は主文第一項、第四項と同旨及び「被申請人は申請人に対し昭和五一年一一月一日以降本案判決確定に至る迄毎月二五日限り一か月金一五万三五九〇円の割合による金員を支払え」との裁判を求め、被申請人は「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。

(当裁判所の判断)

一 当事者間に争いのない事実は次のとおりである。

1 被申請人は鈴江内外国特許事務所(以下単に「事務所」と略称する。)の主宰者であり、同事務所は特許関係全般の業務を処理している。申請人は昭和四七年八月一日被申請人に雇用され、専ら明細書作成業務に従事してきた。

2 申請人の賃金は昭和五一年一〇月当時三か月平均額が金一五万三五九〇円であつて、毎月末日締切、二五日支払の定であつた。

3 被申請人は昭和五一年一〇月一四日申請人に対し、「昭和四六年秋の警視庁機動隊寮などの連続爆破事件の被疑者をかくまう等の容疑で逮捕されその旨各紙に大々的に報道されたことは当事務所の体面を著しく汚すものであつて右行為は就業規則第四十二条第八号および第九号、第四十一条第六号、第十二号、第十三号に該当するので懲戒解雇する。」との意思表示をし、該意思表示は昭和五一年一〇月一六日申請人に到達した。

二 そこで、右懲戒解雇の効力につき検討する。

1 申請人が昭和五一年一〇月一四日午前逮捕されたこと、被申請人の懲戒解雇の意思表示が同日夜であつたこと、申請人に関する新聞報道がなされたこと、被申請人の就業規則第四〇条第五号には「懲戒解雇は行政官庁の認定を受けて予告期間を設けず(第三十二条を適用せず)解雇する」との規定があること、被申請人が一旦なした除外認定申請を取下げたことは当事者間に争いがない。

2 右争いのない事実に疎明資料を綜合すると、次の事実が疎明される。即ち、

(一) 申請人は昭和五一年早朝逮捕されたが、同日夕刊(朝日、毎日、読売、日本経済、サンケイ、東京各新聞)には、昭和四六年九月二二日から同年一一月一一日までの間に、共産同エル・ゲー(共産主義突撃隊)の活動家数名が警視庁機動隊猶興寮、東京地検のほか警察署派出所三か所に爆弾を仕掛けて爆発させた(内三件は未遂)という容疑で、共産同中央委員竹内毅らが逮捕された際、申請人は指名手配中の竹内がアパートを借りるのに保証人に立つたり、親類の名前を貸したり、あるいは実兄の名前を使わせたりして逃走を助けたという爆発物取締罰則第九条違反(犯人蔵匿または隠避)の容疑で逮捕されたとの記事が掲載された。右各紙の報道は世上関心の集められていた爆破事件だけに大きな見出をつけた取扱であつたが、申請人についてはその住所、氏名、年令の他に「早大卒」または「元早大生」、「会社員」の肩書をつけ、顔写真を掲載したものもあつた。また、申請人の自宅の様子とか、あるいは近所の主婦に申請人家族の日頃の様子を語らせた談話を記事にしたものもあつた。その他、同日のテレビ・ニユースにおいても申請人の顔写真を写出して逮捕を報ずるものもあつた。そして、被申請人の事務所へ問合せてくる通信社もあつたが、右各報道には事務所の名は出なかつた。

(二) その後逮捕者が続き、殆ど毎日のように前記新聞の外大阪、夕刊フジ、内外タイムスの各紙がこの事件を取上げて、捜査の経過を報道した。申請人のアパート等から逃走を助け、あるいは主犯の蔵匿、隠避に参画していた者がいたこと等を裏付けるメモが押収されたとか、申請人は竹内と接触していた連絡役であつたとかの記事が出た後、同年一一月五日には、同月四日午後申請人は「犯意が薄い」等の理由で処分保留のまま釈放されたことが報道された。しかし、同年一二月八日には、これまでの捜査の結果判明した爆破グループの全容を解説した記事が出て、その組織図によれば、申請人の地位は最下位で、エル・ゲー予備隊、反帝戦線所属、平隊員となつている。

(三) 被申請人は昭和五一年一〇月一四日大阪へ出張していたが、事務所からの連絡で申請人の逮捕とその報道を知つて急ぎ帰京し、深夜に亘つて事務所幹部と善後策を協議した。被申請人の事務所は所謂大企業から特許出願事務の依頼を受けて処理するのが多く、機密保持を殊更厳しくしてその信用の上に成立つており、申請人も担当企業の関係者以外立入を規制されている研究施設に屡々出入して、研究員と顔馴染になり、施設や機密の細部を知悉している関係上、顧客に当る企業から爆破事件に関連する者を雇つていることを理由に、依頼人の企業秘密確保に不安を抱かれるようなことがあれば、被申請人の信用は途端に低下毀滅し、受注の減少という事態を招きかねず、そうなると被申請人の事務所は壊滅すると案じた結果、同日夜申請人を解雇し、これによつて顧客企業へ申開をすることを決め、早速警視庁に留置されていた申請人宛内容証明郵便をもつて懲戒解雇の意思表示をした。

(四) 翌一五日、被申請人を始め事務所の主だつた者が顧客企業を駆廻つて、監督不行届を詫び、既に申請人を解雇したことを告げて、今後は何らの危惧もないと弁明に努めるとともに、申請人がこれまで処理した特許事務等について顧客企業に迷惑がかかつた時は被申請人において一切の責任をとる旨の書面を差出した。被申請人らは、顧客企業でも前記報道によつて申請人が前記容疑で逮捕された事実を知つて戦慄し、被申請人の事務所への発注を躊躇し、その検討を話題にしていたが、被申請人の対策を諒としてくれた事情を知つて安堵した。その故か、現在まで被申請人の受注は変りなく続いている。

(五) 申請人の逮捕とともに、事務所は昭和五一年一〇月一五日警視庁の捜索を受け、申請人の出勤表、履歴書等を押収され、また同月二六日にも申請人の住所変更届等を押収された。一方、申請人は逮捕後勾留され、警察官や検察官の取調を受けたが、被疑事実については終始黙秘し、同年一一月四日処分保留のまま釈放されたが、前後して逮捕された他の者は殆ど起訴された。申請人は同日夜早速被申請人の事務所を訪れて、被申請人に対し解雇の撤回、翌日からの就労を求めたものの拒絶された。翌五日以降も同じことが繰返された。申請人の前記被疑事実については、昭和五二年一月二五日東京地方検察庁により「犯罪の嫌疑なし」との理由で不起訴処分がなされた。

(六) 被申請人は昭和五一年一〇月一九日申請人に対し解雇予告手当の他給与未払分を含めて諸控除差引の上金二九万六五四一円を支払う旨内容証明郵便で通知し、右郵便は翌二〇日警視庁に送達されたが、勾留に伴う接見禁止の措置がとられていたため、同年一一月四日まで申請人の目に触れなかつた。被申請人は同日解雇予告手当として平均賃金三〇日分金一五万三五九〇円を供託し、申請人は同年一二月八日その払渡を受けた。同時に被申請人は同年一〇月二三日三田労働基準監督署に対し申請人の懲戒解雇につき除外認定を申請したが、程なくこれを取下げた。

(七) 被申請人の就業規則第四二条〔次の各号の一つに該当する時は減給出勤停止、職務変更をする。ただし事情により懲戒解雇することがある。情状によつては譴責に止めることがある。〕の第八号には「前条第三号乃至第十二号に該当しその情が重い時」と、また第九号には「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつた時」とそれぞれ規定されており、第四一条〔次の各号の一つに該当する時は懲戒解雇に処する。ただし情状により出勤停止、減給または職種変更に止める事がある。〕の第六号には「素行不良で事務所の秩序を乱したとき」と、第一二号には「不正不義の行為をして所員の体面を汚したとき」と、また第一三号には「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為のあつたとき」とそれぞれ規定されている。

3 被申請人が右のような就業規則をもつて懲戒あるいは解雇事由を定めているのは、右事由に該当するときには従業員を懲戒あるいは解雇することがある旨を明らかにして職場秩序を図るとともに、同時にまた右事由が存在しない限り従業員を懲戒あるいは解雇しない旨を明示して従業員の地位を保障し、これにより円満な業務運営を図ろうとしているものと解される。従つて、右事由が存在しないにも拘らずなされた懲戒あるいは解雇は自律規範に違反したものとして無効というべきである。ところで、同規則第四〇条第五号の規定による行政官庁の除外認定を受けることが、懲戒解雇の有効要件であるかどうかの判断は暫く措き、先ず同規則第四二条第八号、第九号、第四一条第六号、第一二号、第一三号の各事由に該当する事実の有無につき検討する。

前記疎明事実に基づいて考えるとき、従業員たる申請人が逮捕されたということは、その内容が所謂エル・ゲーなる反社会的組織の一員として犯行に加担したというものであるだけに、それ自体被申請人にとつてその信用を損う由々しい出来事であり、被申請人の事務所は右逮捕の報道によつて顧客たる企業から不信感を持たれ、敬遠される虞すら生じかねず、更に信用を唯一の基盤とする業務であることからも、これだけで事務所の存立に影響を及ぼすことになるという事情は十分推測できるところである。従つて、申請人が所謂エル・ゲーなる組織に連る者として、逮捕にかかる事実を犯した者であるならば、その組織集団の所行に対する非難の厳しい折から、躊躇なく右各懲戒事由に該当するということができよう。もつとも、被申請人は申請人の犯行を確認しこれを理由に懲戒したのではなく、前記認定のように世間に広く報道されたことを理由とする。しかし、そのような報道がされ、ひいてはそれが前記各懲戒事由に該当することをもつて申請人の行為によるものとしてその責に帰せしめるには、結局申請人が前記被疑事実を犯したかどうかにかかるというべきである。

ところが、本件においては、申請人が果して真実にかかる犯行をなしたかどうかについて、右懲戒解雇の意思表示のあつた時点では、僅かに申請人が逮捕されたという事実が疎明されるのみで、他にこれを判断する資料は見当らない。もとより申請人の犯罪を認定する資料として確定した有罪判決の存在が不可欠であるとまでいうことはできないが、唯申請人がその犯行を自認しているとか、現行犯逮捕されたとかで明白な場合はともかく、そうでなければ被申請人独自の調査によつて得た資料等一応人をして納得せしめるものがあることを要すると解される。そして逮捕状とて何らかの資料に基づいて発付されるものであるから、勾留、起訴に比べて程度の差があるにせよ、これによつて一応犯罪の嫌疑が客観化されたものと見られないわけではない。だからといつて、これだけで直ちに申請人の犯行を認定することはいささか速断に過ぎるといわざるを得ない。況んや申請人は勾留後、前後して逮捕された者が起訴されたにも拘らず、処分保留のまま釈放された末、嫌疑不十分として不起訴処分を受けたというその後の事情を考慮すれば、尚更のことといわなければならない。(尚、疎明資料によれば、被申請人の就業規則第三〇条、第三一条の各第二号には起訴休職制度を採入れていることが窺われるので、このことは一面から言えば被申請人としては従業員の犯罪の認定には慎重な態度を執つているものと見ることもできよう。)

そうすると、申請人の犯行についての疎明は未だ不十分と言う外なく、従つて前記報道を申請人の責に帰せしめることはできないので、結局被申請人が申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示は就業規則の懲戒規定の適用を誤つたものとして無効といわなければならない。

三 被申請人は就業規則第三二条第四号、第五号に基づく通常解雇をも主張する。

1 被申請人が昭和五二年三月一日の本件審尋期日において申請人に対し右解雇の意思表示をしたことは明らかであり、また被申請人が申請人に対し解雇予告手当を提供し、供託したことも前記疎明事実のとおりである。そして、疎明資料によれば、被申請人の就業規則第三二条には、「所員が次の各号の一つに該当する時は三十日前に予告する。または三十日分の平均賃金を支給して解雇する。(1)精神もしくは身体に故障があるかまたは虚弱、老衰もしくは疾病のため業務に堪えられないと認めた時、(2)正当な理由なしにしばしば無断欠勤した時、または正当な理由なしにしばしば無断遅刻、早退した時(3)しばしば遅刻、早退、または欠勤した時(4)やむを得ない業務上の都合による時(5)その他前各号に準ずるやむを得ない事由がある時」と規定されていること、そしてまた、被申請人の右解雇の主たる動機が前示のとおり申請人が所謂エル・ゲーの一員として逮捕され、その報道がなされたこと、それによつて被申請人の信用を低下させたことにあると窺われるので、それを理由とする限り既に説示したところと全く同一の理由によつて、前記各解雇事由の該当性を否定すべきである。

2 唯同規則第三二条第五号の規定が概括的なものであるので、この点についても検討する。

疎明資料によれば、申請人の欠勤、遅刻を換算した日数は、昭和四七年から昭和五一年五月まで事務所の部長級を除く全所員のそれと比べるとき、かなり悪い方に位置づけられるが、最も悪いものではなく、唯申請人の所属する技術第一部門在職者の昭和五〇年二月一一日から翌五一年二月一〇日までの一年間では最も劣悪な成績となつていたとはいうものの、略々これに近い成績の者も他に二名いたこと、申請人は月平均処理件数一一・五件で、月間目標処理件数一三件に及ばないこと、その他申請人は残業をしない、ネクタイをしない、勤務中離席することが多い、仕事中も落着かない態度をとる、深夜酒気を帯びて事務所に入ろうとしたことがある、研修会場内でコートを脱がなかつたことがある等の行状が見受けられたことが疎明される。

右疎明事実を綜合すると、申請人の勤務成績、態度が必ずしも被申請人の期待に副うものでなかつたといえるかもしれないが、それとても申請人ひとりが非難されるべきものとは認められず、解雇をもつて臨まねばならない程度とは見られない。従つてこれだけでは未だ右解雇事由に該当すると断定するのは困難である。

四 疎明資料によれば、申請人は被申請人から受ける給与のみで生活していたが、被申請人から懲戒解雇の通告を受けた後は妻の稼働によつて生活を維持していることが窺われる。そこで、申請人の本件申請は、その地位保全と昭和五一年一一月一日以降本案第一審判決の言渡がある迄一か月金一五万三五九〇円の割合による給料の仮払を命ずる限度で認容するのが相当である。よつて、その余は却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり決定する。

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